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lgbt007
最近、付き合っている人と別れました、L野X子(えるのえくすこ)と申します。

三十路も終盤なので、恋活に焦りと疲れを感じている今日この頃です。

ここまではきっと、皆さんとあまり変わらない者と感じるかと思います。

では、違うところがあるとしたら?

自分は、物心ついた時からのXジェンダー(の中のFTX)で、元バイセクシャル(B)で、にわかレズビアン(L)で、グレーアセクシャル(gray-a)なのです。以後お見知りおきを!

先に出しました用語の説明などはおいおいするとして、これから自分の場合の話をしたいと思います。

なぜ、Xジェンダー(FTX)になったのか?

Xジェンダー(FTX)になった原因はわかりません

最初に、性自認の話をしましょうか。

よく「なぜ、○○になったのか?」と言う表現をされる自分達ですが、実際は「なった」と言うよりは、「元からこうでした」と言う表現の方が、より事実に近い表現なのです。

まず、LGBTQとは、後から「なった」のではない普遍性の強い属性だと言うことを知っていただけたらと思います。

そして、なぜこうなのか、ですが。実は当事者の自分ですらわかりません。

学術的には様々な研究がなされていることでしょうが、日常的には本人にすら説明の付かないことなのです。

ストレートの方が、自分自身について「なぜ、男性(女性)なのか」普段考えず、原因もわからないのと同じです。

本来は、自身にとって自然なことであるにも関わらず、他者と比較し始めた時から始まる「みんなと違う」自分を意識する人生が始まるのです。

「みんなと違う」と言うことを受け入れるには、人それぞれに要する時間も違えば、一生受け入れない方もいらっしゃると思います。

ここから先は、どちらが良いとか正しいとかそう言う問題ではない、個人の選択の自由の話なのです。

もしかしたら服装から

自分が自覚したのは中学3年生頃でしたね。

あれが、自他共に認める「性別違和」な人生の始まりでした。

中学生と言うと日本では、ほぼほとんどの人が、初めて性別分けされた制服を着ることになります。男性の制服と女性の制服ですね。

戸籍が女性だった自分は、当然のように女性の制服を着ることになりましたが、それには女性の髪形をしなければいけませんでした。

ところが、自分がいざ好きな髪形を選んでみたら短髪でした。

制服が変更できない時代でしたし、前例もなければ疑問に思うことないはずの制服。

それをいじるという発想の前に、簡単に変えられる「女性っぽくない」髪形を変えることから意思表示が始まったのです。

そして、普段着にはスカートなどのフェミニンな類いは一切はかなくなりました。周囲の誰にも「女性だと誤解されたくない」からです。

本当は、趣味的にはフェミニンな装いが嫌いなわけではなく、たまには「女装」したい時もあるのですが、それはまた別の話になるので割愛します。

男装なら知っているけど…

「男装」なら、耳にしたことがあるのではないでしょうか?

一般的に「異性を装う」と言う意味で、「男装(女装)」と言う言葉が使われていますね。

ですが、自分は微塵も異性を装っているつもりはありません。

当然です。男性でも女性でもないXジェンダー(以下、X)なのですから、自分の場合は元より異性のかっこうをしたいわけではなく、中性的なかっこうをしていたいのです。(もちろん、服装は趣味の世界でもあると思いますので、一概にXが中性のかっこうを選ぶとも言い切れませんが)

でも、一般的には女性ではないかっこうをする女性のことを「男装」にと呼びます。ですから実際、「装う」と捉えられると本人とってはとても違和感があることなのです。

FTM(トランスジェンダー男性)とは違うの?

はい、X(またはFTX)はFTMとは違います。

FTMとは、女性から男性への意で、別の言い方をすれば「FemaLe To MaLe」と呼びます。他に、トランスジェンダー(以下、T)とも呼ばれています。

自分は、(説明のために無理やり当てはめますと)Xの中でもFTXと言う分類になります。FTXとは、女性からXへの意で、別の言い方をすれば「FemaLe To X」と言う意味の用語です。

狭義ではどうなのかはわかりませんが、広義ではTの仲間とされています。

FTMやFTXは、見た目は「男装」に見えることが多いですが、実は似て非なるものなのです。

性自認の性別だけで説明するならば、FTMは男性で、FTXは中性と言うことが出来ます。

両者では、男性と女性の違いと変わらないほどの差があると自分は思っていますが、FTMの中でもノンオペ(性別適合手術を受けていない)、ノンホル(ホルモン注射治療を受けていない)でFTXを名乗る方々には、両者の隔たりはあまりないように見受けられます。

こう考えてみると、Tと呼んでいる仲間であっても一概に同じものと決め付けられないことがわかるかと思います。

なぜ、にわかレズビアン(L)と名乗るのか?

生まれつきは、バイセクシャル(B)でした

次に、性的指向の話をしたいと思います。

自分はXですが、生まれつきは男性も女性も好きでした。それを、人はバイセクシャル(以下、B)と呼びます。

もちろん、性自認がXではなく、男性や女性であっても、男性も女性も好きな人の事をBと呼びます。

初恋は女性が対象でしたが、男性が好きでお付き合いをしていたこともありました。

よく自分のような者はこう表現しますが、「好きになった人がたまたま男性(女性)だった」と言うやつですね。この台詞に、盛大にうなづくLGBTQの仲間も多いかと思います。

Bとは異なりますが、パンセクシャルと言うのもあります。全性愛者とも呼び、男性や女性と言う二つの枠組みに捉われず人を好きになる方々です。

定義は様々なので、賛否両論あるかと思いますが、パンセクシャルが全ての性が対象であるのに比べて、Bは男性や女性だけを好むと言う点で対象が狭いと言うことが言えます。

この狭さに磨きがかかったのが、後々確立された自分の性的指向の「女性だけ好き」と言うものです。

別に男性が嫌いになったと言う訳ではありません。

自分にとっては単に、大人になり成熟した時に、男性への興味が薄れ消えたと言うだけの現象でしかないのです。

それから、自分がなぜ、にわかレズビアンと名乗るのかは、他にも理由があります。

次に、少し重たい話も交えてお話したいと思います。

幼少期から成人までに色々ありまして

実は、自分は子供の頃からの性被害のPTSDと言うトラウマ系の病気を持っています。

以前に一度だけ、まだXと言う言葉が広まっていなかった頃に「もしかしてFTMなのでは?」とジェンダー外来を受診したことがありました。

医師には「病気が良くなってから、それでも来たい時は受診してください。」と言われた通りに、「性自認について決めるのは、性に関わる病気を治してからでも遅くはない」と言う意味だったりします。

あの時にアドバイスをいただいたのが、「真ん中で生きている人もいます」と言う言葉でした。

自分は、それを「真ん中=中性」だと捉えました。それが一番、心にしっくり来たのです。

医師に言われ思い出してみれば、自分は小さい頃から女性っぽいかっこうを好みませんでした。

短パンに、キャップに運動靴、スカートよりも当時流行っていたキュロットや長いパンツ姿で、スカートを常にはいていたのは、小学校の高学年くらいだったでしょうか…。

弟と一緒に通っていた床屋では、スカートを履いていても「お兄ちゃん」と呼ばれるほど、とにかく中性的でした。

今思えば、医師のあのアドバイスが、しっかりと地に足が付いた自分なりのX人生の始まりだったのと同時に、早く己の性自認を確立したいがためにもPTSDを治すべく、様々な治療を試しました。今は健康に近いところまで回復し、は男性嫌悪もなく平穏な日々を送っています。

先天性Lではない後天性L説

しつこいようですが自分はXです。女性の性自認がないのに、レズビアン(以下、L)を名乗るのは、ややこしさを回避するためでもあります。

性自認の問題はさておき、ここでは性的指向の問題なので「戸籍が女性で、女性が好き」と言う意味でLを名乗っています。

そして、生まれつきのレズビアンの方(以下、先天性L)と決定的に異なるのは、自分には男性も好きだった過去があるからです。

先に述べたような事情もあり、自分は大人になってからも女性が好きで、PTSDの治療後に男性恐怖などが無くなった今でも、女性だけが好きだと自覚しました。

そこであえて分けるのです、自分は後天性のレズビアン(以下、後天性L)「にわかレズビアン」だと。

妙な話に聞こえるかもしれませんが、一時期、男性嫌悪のあった自分とは違い、元から女性だけが好きで生きてきた方を、先天性Lと敬意を表して呼びたいと思っているのです。

端的に言えば「先輩!」と呼びたい心情ですね。

この様に、Lを名乗る自分達ですら生き方が全く異なり、それでも理解したいと思い日々、仲間内でも意見交換をしています。

LGBTQの中の自分達であってもお互いのアライ(理解者・支援者)なのです。

それでもやっぱり女性が好き

グレーアセクシャル(gray-a)って?

最後に、性愛についての話をしたいと思います。

つまり、好きになる対象の中で、性的に恋するか、性的ではなく恋するかどうか、と言う話です。

グレーアセクシャル(以下、gray-a)とは、性的に人に恋することが特定の条件下でのみあり、または、気のせいだと思うことが出来るほどに、薄い衝動しかない人のことを言います。

性愛と無性愛のちょうど間くらいなります。

自分が、それなのです。

一言で言ってしまえば「好きになる時の感覚の違い」なのですが、やはり少数派でして、それゆえに上手く行かなかった恋愛話は後を尽きません。

冒頭で語った通りに、今回もそれが原因の一つとなり、自ら恋人とお別れしたのです。

自分なりに好きなつもりでも、相手の性愛のパラメータと比較すると、どうにも相手にとってもの足りなく感じるらしく、よく言われるのが「(自分が思うほどには)好かれてると思わなかった」と言う台詞です。

自分の愛情は、標準的な感覚の持ち主の相手と比較してしまうと薄く、認識し辛いものらしいのです。

恋愛において色々と擦れ違いの多いgray-aですが、衝動が薄いこと自体は病気ではありません。先に説明したPTSDと言う病気とも関係なく、性自認と同様に生まれつき持っている感覚と言うことになります。

ですが、薄かろうと分かり辛かろうと、それでもやっぱり好きになるのは女性だけで、好きになり方が違うだけなのです。

恋バナの時に気を付けたいこと

LGBTQの中でもQの人達の話を少しだけしたいと思います。

この世界は狭いようで、とても広いです。恋をする人も、恋をしない人もいます。

実際に自分の友達には、性愛を含めた恋愛を全くしない方もいます。

当然、いわゆる恋バナはほとんどしません。仲の良い友達の話や、特に好きな動物の話に花が咲きます。

そんな人も存在すると意識してみてください。そこで、恋バナをしてみましょう。

「彼氏(彼女)いるの?」

「どのくらいの頻度でしてる?」

「月に一回?少ないね。うちは週に一回だよ」

「あなたはどうなの?」

「相手いないの?頑張ってね!」

もしこの会話の相手が、性愛を含めた恋愛を全くしない方だったら、「うるさいなぁ」「この人はデリカシーのかけらもないんだな」と思われたり、時に「セクハラだ!」と感じられてしまうこともあります!

実は、LGBTQの中でもこのような会話がなされているのです。

性愛の恋愛をしない人から見たら、ストレートの方々の間でも問題の「結婚しないの?」や「子供はまだなの?」に相当するデリカシーのなさです。

差別だの何だのと一部のストレートの方々に異論を唱える前に、立場は違えど、仲間を蔑ろにしていないか、今一度自分も気を付けたいと思っています。

私の名前は、L野X子(3X)~それでもやっぱり女が好き~のまとめ

「こんな人も、同じ空気を吸って生きている」

たまにこの記事を思い出して、自分のような人間が電車やバスで隣に座っているかもしれない、そう意識してもらえたらと思います。

それだけで、世界は多様性についてより寛容な方向に変わると信じています。

まずはその第一歩として、自分と言う存在を知っていただけたでしょうか?

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。