LINEで送る
Pocket

ショーパブ「ラヴズ」性転換手術を行なったばかりのニューハーフRさん

横浜市中区にあるショーパブ「ラヴズ」。店内の真ん中にドドン!とある舞台とスクリーンに目を奪われる。画像の左右にメインの客席があるが、このカウンター席でショーを見てみたいものである。

なんてことを思っていると「どうもよろしくお願いしまぁぁす」と鼻にかかった甘い声と共に現れたのが、今回のインタビューを引き受けて下さったRさん(26)。

長い髪にドレスが良く似合う個性派美人のニューハーフRさんは今年の春に性転換手術を行ったばかりだそう。

心だけが女性だった手術前と、心も身体も戸籍も女性になった現在の気持ちについて詳しく伺う。

 

いつ頃から自分がセクシャルマイノリティーであることを意識し始めましたか?

そうですね、小学校に入るまでは自分の事を女だと思っていて、小学校に入った時にランドセルの色や並ぶ列が男女に分かれていた時に「あ、自分は違うんだ」と初めてわかりました。

その時に強い違和感を覚えて、周りの子とは少し違うのかもしれないと気づきました。

私も赤いランドセルがいいと言ったら変えてくれましたけれど黒が茶色に変わっただけで、どうして赤にしてくれないのかの意味自体はわからなかったです。

 

意識しはじめた後、心と体が一致していないと思い始めたのはいつ頃ですか?

思春期に入る頃に、女の子は女性らしい身体つきにどんどん成長していくじゃないですか?

目に見えて身体つきが変わっていく様を見て、男女の違いというものを感じたのが始まりです。心は小さいころから女性なのに、身体だけが違う方向に成長していく違和感ったらなかったです。

 

男性と初めてお付き合いをしたのはいつ頃ですか?

高校2年生の時で、相手はノーマルな方です。

自分から告白した訳じゃないんですけれど、相手には気持ちはバレていました。そうしたら向こうから「付き合おうか?」と言ってきてくれて。

彼は、私と付き合うまでは女性しか好きにならない本当にノーマルな人でした。私に会うまでは彼女がいたし、私と別れてからも彼女が出来ていました。不思議ですよね(笑)

 

性転換をしようと思ったきっかけや理由は何でしたか?

中学生の時にテレビのニュースで性別適合手術を受けると、日本でも戸籍を変えることが出来るという事を知ったのがきっかけです。

それを知った時に「これだ!」と思って、それからは戸籍を変えたい想いがずっと強くあって性転換手術に憧れを抱くようになりました。

 

中高生って進路をどうするか考える年代だと思うのですが、Rさんはどんな進路を考えていましたか?

周りはみんな、「〇〇になりたい」とか言っていましたけれど、自分はまだ人生すら始まっていないというか。

心と身体が一致していなかったので夢を描きづらいんですよ。実際に考えたときに自分の姿がイメージで湧かないんです。

だから早く女にならなきゃ!って気持ちの方が先でした。将来の事は身体が女になってから考えようって思っていました。

そういう意味でも周りとは考えの根本的内容が違うので独りぼっちでした。

 

高校を卒業していきなりショーパブの世界に入ったのですか?

手術費用が欲しかったので、最初からこういう仕事に入りたかったんですけれど、親に「なんでもいいから少しでも好きなことがあればそれを勉強しなさい」って言われて美容師の専門学校に行って、ここで働くまでは1年半くらい美容師をしていました。

最初は美容師をやりながらお金を貯めようと思っていたんですけど、やっぱり美容師ではなかなか貯金は…(笑)

「こんなことをしていたら、どんどん大人になっちゃう!」と焦りが出てきて、どうしても若いうちに性転換をしたかったのでこういう世界に来ました。

 

具体的な手術場所などは既に決められていたのでしょうか?

ここに入ったのが21歳くらいで、その頃は日本でも手術は出来たみたいなんですけど、症例が物凄く少なかったし、お店の先輩もタイに行って手術をしていたので私もタイでやろうと決めました。

その中でもタイのスポンクリニックのスポン先生という方が性転換手術では世界一のオリジナルな技術を持っていると聞いたので絶対にそこで!と思いました。(実際に調べてみると予約をしてから1年待ちの人気ぶりであった)

ここに入る前もネットとかで調べまくっていたんですけれど、ここには当事者が多いので、おネエさん達から直接話を聞けたことが一番大きかったです。

タイのスポンクリニックのスポン先生

タイのスポーン医師(グーグル調べ)

失敗したらどうしよう…という気持ちはありませんでした?

それが、全くなくって(笑)そこに私の夢があるーって感じだったので、失敗や恐怖は少しも感じなかったです。

タイで手術を受けた方で大きな失敗をされた方もほとんどいませんし、「乳首の位置が上すぎたー」とかの本人だけしか気にならないような細かい失敗の話は聞きますけど、こだわればキリがないし(笑)

皮膚移植した痕とかも見せてもらいましたけど(火傷の痕のような引き攣れた肌)、そんなことより「早くやりたい」って気持ちの方が勝っていました。

手術の前の日なんて遠足の前の日みたいにウキウキでした!「やっときたー」って(笑)手術をしたみんなは怖くて眠れないって言っていましたけど、私は嬉しくて眠れなかったです。

麻酔を打たれる直前までニヤニヤしていました(笑)

 

性転換手術というのは徐々に進めるんですか?それともいっぺんにやってしまうんですか?

一発です。全部で5時間半くらいかな。

麻酔から覚めたら女になってます。腫れはすごいんですけど女性器の形にもなっています。神経を繋げたまんまで男性器をバラバラに解体するらしいです(笑)

手術後は1か月ほどタイにいて、その間は全然痛くなくて「余裕じゃん」なんて思っていたんですけど、日本に帰ってきて身の回りのことを自分でするようになってからが痛かったです。

胸のシリコンは22歳の時に入れたんですけど、凄まじい痛さです(笑)揉まないと固まってしまうので毎日揉まないといけないのに、痛すぎて自分では強く揉めないからおネエさん達に足で踏んでもらっていました(笑)

胸はもう痛くないけど、性転換は今年の春にやったばかりなので、まだ若干違和感はあります。胸を取って入れるだけじゃ性転換にはならないし戸籍も変えられないので、シリコンを入れてからの4年は長かったです。

 

費用はどれくらいかかりましたか?

人気の病院でしたので、色々含めて300万位かかりました。手術と1か月間の滞在費も通訳の人も飛行機代も含めてなので高くはないのかもしれませんね。

日本に全てを手配してくれる会社があるので、そこに全てお任せしました。手術料だけだと220万位でしたよ。

 

性転換手術後のケアで大変なことはありましたか?

胸はさっきお話した通り、術後から半年くらいは揉んで、シリコンとの癒着と硬化を防ぐ作業が物凄く辛かったです。

下の手術では膣を作る場合と作らない場合があるんですけど、私は作りました。

膣の穴は傷口と同じなので放って置くと塞がるんですね。ピアスホールと同じで。

なのでプラスチックの棒を入れる「ダイレーション」という作業を毎日やらないとならないんです。それがすごく痛くって。でも最初のうちは1日3回やらないといけなくて、出血もするし痛いし本当に辛いんです。

術後1年くらいは、その拡張作業をしないとならなので、まだ継続中です(笑)回数は少なくなっても「ダイレーション」とは一生の付き合いなので大変です。

術後1年以降はどんどん使えと言われているので、早く彼氏をみつけないと(笑)どんなに頻繁にセックスをしても「ダイレーション」はやらないとダメなんですけどね(笑)

 

身体を変えることがカミングアウトになってしまうと思うのですが、周りの反応はどうでしたか?

私の場合は特殊かもしれないんですけど、小さい頃から女の子っぽかったので、小3の時「あなたは女の子として生きていきたいの?」と母に聞かれたんですよね。

その頃は自分の事は何となくは分かっていましたけど、障害や病気のように捉えられていてズシッときました。「私はそんなんじゃないのに」って。

性同一性障害という言葉も大嫌いでした。

私が10代の頃に、その言葉が世の中に出始めた感じがあるので、周りからも遠慮しがちに聞かれるし嫌だったなぁ。障害って言葉を認めてしまうと「あの子、病気なんだってー」になるから。

中学生くらいまではカミングアウトしなくても周りはなんとなく気づいていましたけど、学ランを着るのが嫌で嫌でたまらなくて高校は私服OKなところを選んだんです。

そうしたら、私の事を知っている人が誰もいなくなってしまったんですけど、初日からスカートをはいて行きました(笑)。最初は「名前は男だし、誰あの子?」みたいな感じでしたけど、トランスジェンダー(心と身体の性が一致しない人)は、こそこそ隠すより「自分はこうなんです」って堂々としている方が周りも扱いやすいんじゃないかと思ったので、女性の服を着ていましたね。

初日は勇気がいりましたけど、あとは開き直れましたよ(笑)

そんな感でしたけれど大きなイジメとかもなかったですね。多分、そういう時代だったのかな。私より若い世代になると、トランスジェンダーの子は男子でも女子の制服を着ることが出来たりしているんで驚きです。

そんなこんなで、カミングアウトした!っていう経験はなくって、言わなくても周りは知っていたという感じです。兄も結婚の時には私の事を「妹」って言ってくれていましたし、周りには恵まれています。

 

性転換手術をしてから恋愛をしたことはありますか?

ありますね。お客さんではなく友達の上司です。ノーマルの方で紹介で知り合いました。

1対1の紹介ではなく、みんなでご飯食べようってことで、彼も私がニューハーフなのは最初から知っていて、そこで意気投合して私の事を受け入れてくれて付き合う事になったんですけれど別れてしまいましたね。

 

別れた原因はニューハーフである事とは関係がありますか?全く関係のない理由ですか?

若干関係あると思います。私の場合は、恋愛が盛り上がれば盛り上がるほど、自分に引け目を感じる様になってしまうんです。

やっぱり本当の女ではないので。うまくいっているものを自分で壊してしまう感じですかね。

私はいつもそうなんです(笑)してくれている事や言ってくれている事がいつかなくなるって思っちゃう。

今は結婚もできる時代ですけど、そこまでは絶対に無理だろうなーとか。

彼とは1年くらい良いお付き合いをしていたんですけど、ゴールが見えないというか見えたというか、いつか別れるんだろうなと思うと辛くなっちゃって。ちゃんと話し合いもせずに別の理由を付けて別れました。

相手もまだ20代だったし相手の家族や将来を全て壊してしまうような気がして。

 

性転換をするまでは自分の生き方が見つからなかったとの事ですが、今は生き方が見つかりました?

戸籍も女になったので、一度諦めた美容の仕事をやりたいです。残念ながら私は女に生まれなかったので、女性を素敵にする仕事ができたらいいなって思っています。

結婚もしてみたいなーと思います。子供を産めないので、私みたいなのが望むのはおかしいかもしれませんけれど、養子とかをもらって母親になりたい。

性転換をしてから「母性?」みたいなのが出てきて(笑) 決して軽い気持ちではなくて、もしも、もしも機会があれば人の親になりたいです。

 

突っ込んだ事を伺いますが、そうなれた時のお子さんの気持ちはどう考えますか?

そこねー、すっごく考えました。そこの部分だけは絶対にネックですよね。ネックというか詰まるというか。

自分の我儘なだけなのかどうなのか、ちゃんとした答えは見つからないです。いいのかダメなのかも分からないというのが現状です。

今はまだ「夢」としての段階なのでなんとも言えない感じです。

 

お仕事の話と合わせて、日本のLGBT事情をどう感じていますか?

日本では何をするのにも「戸籍」というものが引っ掛かってきますよね。

今の日本のLGBT事情は昔に比べてどんどん良くなってきているとは思います。「普通に」というのは難しいけど、LGBTがもう少し社会に溶け込めたらいいなぁーと感じます。

全ての人に理解してもらいたいとは思わないけど、性別とかではなく「人」として見てくれる「男とか女とかニューハーフとかゲイとか関係なくない?」みたいな方が増えてくれたら生きやすいなって思います。

 

そういう社会になるように何か行動を起こそうとは思いますか?

私は、あんまりそういうのには参加したくないです。

今は「LGBT」という言葉もあって、言葉が出来たことによって普通の方から特別視されている感じがしているんですね。

私は普通の人間として普通の方々と同じ様に生きていきたい。ノンケやストレートという言葉も、それ自体が私達と一般の方を区別する言葉だと感じてしまうんです。わざわざ分けなくてもいいのに、って。

私は本当に普通に暮らしたいだけです。

 

ですが、そういう活動をされた方達がいたから、昔に比べて良くなっているのではありませんか?

そうですねー。本当にそうですね。あまり考えていませんでした。私より若いLGBT達のためにってことですよねー。

私は思春期の頃すごく辛かったので、思春期のLGBTの子たちが楽になれる学校、制服とかトイレとかを気にしなくていい学校が増えたらいいなーとは思うんですよね。

プールとかもほとんど全部休んだし、トイレもずっと我慢して授業中に抜けて行ったりしていたんで。学ランだったので女子トイレには入れないけど、男子にも見られたくないし(笑)

まぁ、そうなるために具体的に何をしたらいいかはわからないんですけど(笑)

 

最後に、ストレートやアライ(支援者)には何を求め、逆に何をしてほしくないかを教えてください。

アライって何だかわからなくて調べました(笑)支援者なんですね(笑)

そうですね、私たちの事を特別視しないで欲しいです。

トランスジェンダーだから女らしくてお化粧が上手なんでしょ?とかよく思われるんですけど、トランスジェンダーでも全然お化粧に興味のない人もいるし、本当に普通の女性と変わらないんですよね。

女の気持ちも男の気持ちもわかるんでしょ?とかもよく聞かれるんですけど、わかりません(笑)私達にはトランスジェンダーの気持ちしかわかりません(笑)

せっかく女になったんだから女らしくしなよーとか言われると、やっぱり特別視されているんだなぁーって思ってしまいますよね。

支援者の方々に対しては本当に有り難く思います、私は表立って活動することはありませんが、自分の出来ること、こういう取材を受けたりして地味に誰かの役に立てればいいなーと思っています。

最後に、悩んでいるLGBTの皆さんになんですけれど、自ら命を絶つ方が多い中、今生きているだけで凄いと思います。絶対に分からない方もいるけれど、絶対に分かってくれる方もいるので自分を持って強く生きてほしいです。

性転換手術をした後も「こんなはずじゃなかった」と、新たな悩みを持つ方もたくさんいます。手術は解決でもゴールでもなくスタートなので、今までは見えなかった自分の問題に立たされることもありますが、私も強く生きるので皆さんも強くなってください。

-取材終了―

 

 ~取材を終えて~

本当に元男性ですか?」と聞きたくなるくらいに、話し方も仕草も女性そのものであったRさん。

手術について根掘り葉掘り聞いているにも関わらず、キャッキャと笑いながらも真摯に答えてくれた。その姿を目の前にして、弱さのある者が本当の強さを知り、どんな過去も笑って話せる者が本当の悲しみを知っているのではないかと感じた。

日本では13人に1人が性的マイノリティーであると言われている(2015年 電通調査)。

Rさんの様に思春期を辛く過ごさなければならないトランスジェンダーが数多くいるのは想像がつくが、非常にデリケートな問題だけに、「何をしたら正解か」はわからないし、きっと正解はトランスジェンダーの数だけあるのだろう。

彼らには「決めつけ」が一番の敵なのかもしれない。